某国大統領・・・と宗教。
先週、某テレビ局で池上彰氏解説のもと、
親日国トルコの「もう一つの顔」について特集を組んだ番組が放映されました。
おそらくトルコフリークな皆さんは番組をチェックしていたことと思いますが
内容はトルコが今置かれている現状、政治社会に関してわかりやすく
まとめてあり、改めてふむふむという感じでした。勉強になりますね。
現在、トルコと日本の友好関係のきっかけをつくった歴史上の出来事
「エルトゥールル号」の海難事故を題材にした映画が作られ今年の冬には公開予定です。
トルコで、トルコ人の間では知らない人はいない?という位の出来事らしく、、。
勿論、トルコに少しでも関わった事がある日本人ならば知っている出来事だとは思いますが
残念ながら日本では「何故トルコが親日国なのか」という理由を知らない人達は
多かったと思います。
海難1890
映画の話はさておき、
治療の為に日本に滞在してきたこの一年間。
日本の新聞でさえも、彼の顔は、数回は見たという、、、
昨年、悲願?だった大統領になりましたね。そう、あの人です。
トルコはイスラム諸国の中でも、政教分離を建国の父アタトゥルクが作り上げ
その当時のトルコの近代化を進めました。それから時を経て、
情勢不安定だった年代もあり、自由な発言が認められず、投獄、亡命を余儀なくされた
人々も多くいたのも事実です。
その後も、トルコは着実に発展していくのですが、、その発展の裏には
権力による縛りが、人々の生活へも徐々に広がりつつあります。
身近なものであれば、
自由にネットを閲覧できないとか
(youtubeやtiwtterが突然アクセス不能になったり)
夜10時以降はアルコール類の販売を禁止とか
(レストランなどは屋内であれば飲料可能のようですが)
民衆の国民運動(民主主義の原点ですね)も、力でおさえつける。
何の解決法にもならず、結局どうなりましたか。
一昨年のゲズィ公園での出来事。死者やけが人も沢山でました。
イスタンブルの景色が眺望できる某所にトルコ最大とも言える
巨大モスクを建設中だとか。彼の権威を象徴したい建造物にしか見えないのは
気のせい?でしょうか。(誤解のないように私はモスク建設を批判はしていません)
さかのぼれば、イスタンブルの欧州側を縦に分割して、運河を作り、その運河通行料を取る
川沿いを様々な施設を作るとか、信じられないプロジェクトが浮上した事など
某A党の、というより彼の強い意思が反映している法律などは
トルコでニュースや新聞を見ていれば、多々目にする事でしょう。
「我々には新しいトルコ、新しい憲法、そして(権限を強化した新たな)大統領制が必要だ。
みなさん、新トルコへ準備はできているか!新大統領制を支持するか!」と
コーラン片手に掲げて演説した。
そんな彼が本日も、日本の新聞に登場していました。
しかも、一面から、しっかり(中面記事の紹介欄で、でしたが)写真付。
中面には、一ページの半分くらいを、トルコと彼の記事で埋め尽くされてて
勿論、日本とトルコの関係性や、他に注目を集める記事がなかったのかもしれません
だからこれほどスペースを割いたのかもしれませんね。
しかし、トルコの新聞で政治のお話で、(A首相について)、記事にしますかね・・・?
と、思ってしまうくらいの記事でした。
トルコがそれぐらい注目を集めている、という意味なのかもしれません。
数年前から日本の企業はトルコに支社や工場を作ったりと
トルコでのビジネスラッシュに沸いています。
実際にトルコに住んでいた時、自分は外国人という立場でしたし、
トルコ人の配偶者がいる訳でもありませんので、
そこまで気に留めることはありませんでしたが
民衆の民主行動(抗議行動)がある度、選挙がある度、
結局は某A党が勝利してしまう状況に、
本気でがっかり(失望)するトルコ人の同僚達の姿がありました。
報道で見る、多くの正当な民主主義を訴える人々。
しかし、選挙のふたを開けてみると、やっぱりいつもの通りの結果。
段々国民の関心が低くなり、もうどうでもよくなってきているのでしょうか。
投票しても結果が同じなら行く価値もない?
良いものも、沢山持っている国だと思います。
イスラム諸国の中で、オイルマネー以外での発展を遂げようとしている姿も
認める部分もあるでしょう。10年前に比べたら人々の生活も、収入も
上がっているのでしょう。
某バザールで商店をやっているトルコ人オーナーは、いいました。
「僕はA党批判はしないし、自分達の生活に直結して良い事をやってくれれば
良いと思う。経済を良くしたのは彼らだ」と、率直な意見です。
そうですね、経済は確かに成長したかもしれません。
政治家達は、国民の代表で、国を代表する人物です。しかし、
それを自己権力保持と、力の象徴として使うのは、違和感がありすぎではないかな、と
この大統領の記事が新聞に出るたびに、個人的に思います。
「強く巨大な~~帝国を再び」という強い意思が見え隠れするのは、否めません。
(アンカラの新しく作った巨大な大統領邸宅のニュースもありましたよね・・・)
どこの国でも問題はあると思います。情勢不安定で国内紛争が起きている国もあります。
それに比べたら、人々が穏やかに、人間らしく生活できる社会を、
秩序を保っていられるという事は、有難い事なのかもしれません。
でも、力でおさえつけて権力を利用して物事を強硬に進める、という姿には
正しいのかなと疑問に思う事もあります。
建国の父、アタトゥルクがここまで人々の愛され、今でも尊敬されている。
何故でしょうか。
経済成長を遂げたから、国民の生活が向上したから
国民の自由な主義主張はさえぎられていい、そんな方向へ持っていこうとしている
やり方はには民主主義の本来の姿ではないかなと感じます。
前大統領だったギュル氏でさえも、現大統領の言動には懸念しているようです。
「実権型大統領制は非民主的ではないが、トルコにとってより適切なのは
議会制度の改善。実権型大統領制を実現する場合には、
憲法に抑制と均衡を明記すべき」と、慎重に釘をさしています。
しかし。
コーランを片手にって・・・・。あんたはホジャかい!って、突っ込みたくなりました。
(これに歓喜する民衆がいるのも事実な訳ですが)
同じ本日の新聞には、日本の東京のイスラムについてというコラムがあり
新大久保界隈にあるイスラム横丁?タウンだかネーミングされた場所があるそうです。
日本に住むムスリム達の姿や、考え方が書かれていて、ふむふむと読んでいます。
日本人は宗教に対して敏感なところがありますから、9.11以降のムスリムに対しての
印象は低下してしまったかのようでした。
更には、ISという中東でテロ活動を行っている集団が日本人を人質にとり、日本国内でも
もっとムスリムに対してイメージダウンが進んだかとも思いましたが
逆に国内のムスリム達は、ISはイスラム集団ではない、自分達の教えにはあんなやり方はない
と、きちんと主張を行い、きちんとした理解を求めました。
それがむしろ、(他宗教の人たちが)ムスリムへの理解を高めることができた、と思います。
「日本人にも是非来て欲しい。約束を守る、うそを言わない。
イスラム教の心を、日本人は自然と持っているから、日本が日本人が好き」という
イスラム横丁でお店をやっている店主。彼も勿論イスラム教徒です。
また別のお店では、、アルコールを置いているそうで、
コーランではアルコールを「忌み嫌われる悪魔の業」だと記してあります。
しかし、日本人や他のムスリム以外の外国人客への配慮から置いてあるそうです。
イスラム教徒のお客の中には「けしからん、そのせいで店に入れない」といわれたことも
あったそうですが、「宗教は自分のためにある。押し付けるものじゃない。ムスリムにとっても
日本人にとっても美味しいといってもらえる店でありたい」とのこと。「寛容さ」が必要だと。
知人のトルコ人が日本を訪れたときに、ビックリした事も、これに似ていると思います。
「日本はどうして、こんなに人々がお互い秩序を保とうと、きちんと生活ができているのか、
街はきれい、ごみを捨てない、車で道路に出てもクラクションの音もむやみに聞こえない。
コーランがなくても、こんな風に出来るとは素晴らしい」といいました。
何故なのでしょうね。(勿論、全ての日本人が出来ている事ではないですよ)
真面目臭いお話になってしまい、申し訳ありません。
為になるトルコ情報記事でもなく、自分の考えをつらつらを述べているだけですので
記事を読んで「うーん」と思われる方もいると思います。お許し下さい。
ただただ、トルコが好き、~が好きだけで、トルコという国を見ている訳ではないので
こういう出来事や、政治から見え隠れする信仰を利用したやり方などに、
違和感を覚えてしまい、時々こうして書きたい衝動にかられます。
どうかご勘弁を・・・・・。
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親日国トルコの「もう一つの顔」について特集を組んだ番組が放映されました。
おそらくトルコフリークな皆さんは番組をチェックしていたことと思いますが
内容はトルコが今置かれている現状、政治社会に関してわかりやすく
まとめてあり、改めてふむふむという感じでした。勉強になりますね。
現在、トルコと日本の友好関係のきっかけをつくった歴史上の出来事
「エルトゥールル号」の海難事故を題材にした映画が作られ今年の冬には公開予定です。
トルコで、トルコ人の間では知らない人はいない?という位の出来事らしく、、。
勿論、トルコに少しでも関わった事がある日本人ならば知っている出来事だとは思いますが
残念ながら日本では「何故トルコが親日国なのか」という理由を知らない人達は
多かったと思います。
海難1890
映画の話はさておき、
治療の為に日本に滞在してきたこの一年間。
日本の新聞でさえも、彼の顔は、数回は見たという、、、
昨年、悲願?だった大統領になりましたね。そう、あの人です。
トルコはイスラム諸国の中でも、政教分離を建国の父アタトゥルクが作り上げ
その当時のトルコの近代化を進めました。それから時を経て、
情勢不安定だった年代もあり、自由な発言が認められず、投獄、亡命を余儀なくされた
人々も多くいたのも事実です。
その後も、トルコは着実に発展していくのですが、、その発展の裏には
権力による縛りが、人々の生活へも徐々に広がりつつあります。
身近なものであれば、
自由にネットを閲覧できないとか
(youtubeやtiwtterが突然アクセス不能になったり)
夜10時以降はアルコール類の販売を禁止とか
(レストランなどは屋内であれば飲料可能のようですが)
民衆の国民運動(民主主義の原点ですね)も、力でおさえつける。
何の解決法にもならず、結局どうなりましたか。
一昨年のゲズィ公園での出来事。死者やけが人も沢山でました。
イスタンブルの景色が眺望できる某所にトルコ最大とも言える
巨大モスクを建設中だとか。彼の権威を象徴したい建造物にしか見えないのは
気のせい?でしょうか。(誤解のないように私はモスク建設を批判はしていません)
さかのぼれば、イスタンブルの欧州側を縦に分割して、運河を作り、その運河通行料を取る
川沿いを様々な施設を作るとか、信じられないプロジェクトが浮上した事など
某A党の、というより彼の強い意思が反映している法律などは
トルコでニュースや新聞を見ていれば、多々目にする事でしょう。
「我々には新しいトルコ、新しい憲法、そして(権限を強化した新たな)大統領制が必要だ。
みなさん、新トルコへ準備はできているか!新大統領制を支持するか!」と
コーラン片手に掲げて演説した。
そんな彼が本日も、日本の新聞に登場していました。
しかも、一面から、しっかり(中面記事の紹介欄で、でしたが)写真付。
中面には、一ページの半分くらいを、トルコと彼の記事で埋め尽くされてて
勿論、日本とトルコの関係性や、他に注目を集める記事がなかったのかもしれません
だからこれほどスペースを割いたのかもしれませんね。
しかし、トルコの新聞で政治のお話で、(A首相について)、記事にしますかね・・・?
と、思ってしまうくらいの記事でした。
トルコがそれぐらい注目を集めている、という意味なのかもしれません。
数年前から日本の企業はトルコに支社や工場を作ったりと
トルコでのビジネスラッシュに沸いています。
実際にトルコに住んでいた時、自分は外国人という立場でしたし、
トルコ人の配偶者がいる訳でもありませんので、
そこまで気に留めることはありませんでしたが
民衆の民主行動(抗議行動)がある度、選挙がある度、
結局は某A党が勝利してしまう状況に、
本気でがっかり(失望)するトルコ人の同僚達の姿がありました。
報道で見る、多くの正当な民主主義を訴える人々。
しかし、選挙のふたを開けてみると、やっぱりいつもの通りの結果。
段々国民の関心が低くなり、もうどうでもよくなってきているのでしょうか。
投票しても結果が同じなら行く価値もない?
良いものも、沢山持っている国だと思います。
イスラム諸国の中で、オイルマネー以外での発展を遂げようとしている姿も
認める部分もあるでしょう。10年前に比べたら人々の生活も、収入も
上がっているのでしょう。
某バザールで商店をやっているトルコ人オーナーは、いいました。
「僕はA党批判はしないし、自分達の生活に直結して良い事をやってくれれば
良いと思う。経済を良くしたのは彼らだ」と、率直な意見です。
そうですね、経済は確かに成長したかもしれません。
政治家達は、国民の代表で、国を代表する人物です。しかし、
それを自己権力保持と、力の象徴として使うのは、違和感がありすぎではないかな、と
この大統領の記事が新聞に出るたびに、個人的に思います。
「強く巨大な~~帝国を再び」という強い意思が見え隠れするのは、否めません。
(アンカラの新しく作った巨大な大統領邸宅のニュースもありましたよね・・・)
どこの国でも問題はあると思います。情勢不安定で国内紛争が起きている国もあります。
それに比べたら、人々が穏やかに、人間らしく生活できる社会を、
秩序を保っていられるという事は、有難い事なのかもしれません。
でも、力でおさえつけて権力を利用して物事を強硬に進める、という姿には
正しいのかなと疑問に思う事もあります。
建国の父、アタトゥルクがここまで人々の愛され、今でも尊敬されている。
何故でしょうか。
経済成長を遂げたから、国民の生活が向上したから
国民の自由な主義主張はさえぎられていい、そんな方向へ持っていこうとしている
やり方はには民主主義の本来の姿ではないかなと感じます。
前大統領だったギュル氏でさえも、現大統領の言動には懸念しているようです。
「実権型大統領制は非民主的ではないが、トルコにとってより適切なのは
議会制度の改善。実権型大統領制を実現する場合には、
憲法に抑制と均衡を明記すべき」と、慎重に釘をさしています。
しかし。
コーランを片手にって・・・・。あんたはホジャかい!って、突っ込みたくなりました。
(これに歓喜する民衆がいるのも事実な訳ですが)
同じ本日の新聞には、日本の東京のイスラムについてというコラムがあり
新大久保界隈にあるイスラム横丁?タウンだかネーミングされた場所があるそうです。
日本に住むムスリム達の姿や、考え方が書かれていて、ふむふむと読んでいます。
日本人は宗教に対して敏感なところがありますから、9.11以降のムスリムに対しての
印象は低下してしまったかのようでした。
更には、ISという中東でテロ活動を行っている集団が日本人を人質にとり、日本国内でも
もっとムスリムに対してイメージダウンが進んだかとも思いましたが
逆に国内のムスリム達は、ISはイスラム集団ではない、自分達の教えにはあんなやり方はない
と、きちんと主張を行い、きちんとした理解を求めました。
それがむしろ、(他宗教の人たちが)ムスリムへの理解を高めることができた、と思います。
「日本人にも是非来て欲しい。約束を守る、うそを言わない。
イスラム教の心を、日本人は自然と持っているから、日本が日本人が好き」という
イスラム横丁でお店をやっている店主。彼も勿論イスラム教徒です。
また別のお店では、、アルコールを置いているそうで、
コーランではアルコールを「忌み嫌われる悪魔の業」だと記してあります。
しかし、日本人や他のムスリム以外の外国人客への配慮から置いてあるそうです。
イスラム教徒のお客の中には「けしからん、そのせいで店に入れない」といわれたことも
あったそうですが、「宗教は自分のためにある。押し付けるものじゃない。ムスリムにとっても
日本人にとっても美味しいといってもらえる店でありたい」とのこと。「寛容さ」が必要だと。
知人のトルコ人が日本を訪れたときに、ビックリした事も、これに似ていると思います。
「日本はどうして、こんなに人々がお互い秩序を保とうと、きちんと生活ができているのか、
街はきれい、ごみを捨てない、車で道路に出てもクラクションの音もむやみに聞こえない。
コーランがなくても、こんな風に出来るとは素晴らしい」といいました。
何故なのでしょうね。(勿論、全ての日本人が出来ている事ではないですよ)
真面目臭いお話になってしまい、申し訳ありません。
為になるトルコ情報記事でもなく、自分の考えをつらつらを述べているだけですので
記事を読んで「うーん」と思われる方もいると思います。お許し下さい。
ただただ、トルコが好き、~が好きだけで、トルコという国を見ている訳ではないので
こういう出来事や、政治から見え隠れする信仰を利用したやり方などに、
違和感を覚えてしまい、時々こうして書きたい衝動にかられます。
どうかご勘弁を・・・・・。
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by turkce | 2015-05-11 17:01 | 日本滞在中